”貧困=不幸”だと思っていた自分がカンボジアで価値観を壊された話

気づき・価値観

はじめに

「貧困って何だろう?」
正直、日本にいるとあまり深く考えたことはありませんでした。
でも、カンボジアのアンドン村に行って、その考えは大きく変わりました。

この記事では、実際に現地で見たこと・感じたことをそのまま書きます。

想像していた“貧困”との違い

アンドン村に行く前、僕はこう思っていました。

「貧困=不幸」
「助けを求めている人たち」

でも実際は違いました。
子どもたちは笑っていて、元気に遊んでいました。
楽しそうにしている姿もたくさん見ました。

もちろん、生活は決して豊かではありません。

・ゴミが多い

・裸足で生活している

・衛生環境が整っていない

でも、それだけでは「不幸」とは言えないと感じました。

本当の問題は何か

自分が一番衝撃を受けたのは、「選ぶ余裕がない」という現実でした。

スラムの子どもたちは、いわば弱肉強食のような環境で生きています。

強い子はある程度の服を持っている一方で、弱い立場の子は服も十分に持っていません。中には、男の子なのに女の子用のスカートのような服を着ている子もいました。

それは「個性」や「ファッション」ではなく、
**“それしかないから着ている”**という状況でした。

日本では「どの服を着るか」を選ぶのが当たり前ですが、

そこではそもそも「選ぶ」という発想自体が存在しないように感じました。

そしてその時、ふと自分の過去を思い出しました。
小さい頃、母が買ってきてくれた服に対して、これ嫌だ」とわがままを言っていた自分です。
好きな服を選べることが当たり前で、気に入らないものを拒否できる環境にいた自分。

その自分が、少しだけ“敵”のように感じました。同じ子どもなのに、ここまで違うのかと。この違いは、想像以上に大きいものでした。

自分の価値観が変わった瞬間

今回の経験で、「貧困=不幸」という考えは間違っていたと気づきました。でも同時に、「選択肢がないこと」はやっぱり大きな問題だとも感じました。

見た目の豊かさではなく、

“選べるかどうか”が人生に与える影響はとても大きいと思います。

これから

僕は「関わる人全員を笑顔にするという目標を掲げています。

今回の経験を通して、その意味を少し理解できた気がします。

ただ助けるのではなく、相手の背景を知ること。

そして、選択肢を広げること。

それが本当に大切だと思いました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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