「貧困とは何か?」
カンボジアを訪れる前まで、僕は「お金がないこと=貧困」だと思っていました。
しかし、実際に現地を訪れ、その考えは大きく変わりました。
カンボジアのセントラルマーケット、イオン、そしてローカルな道端。
さまざまな場所で現地の人にインタビューを重ねる中で、日本との違いを強く感じる場面が何度もありました。
この記事では、僕がカンボジアで実際に見た「本当の貧困」と、日本との違いについてお話しします。
カンボジアで感じた現実
まず大前提として、カンボジアは貧富の差が非常に大きい国のひとつです。
実際に現地で感じたのは、
「お金を持っている人はとことん持っている。一方で、持っていない人は本当に持っていない」という極端な格差でした。
日本でも格差は存在しますが、ここまで極端に分かれているケースは多くありません。
働き方と生活の違い
日本では「ニート」という言葉があり、働かないことに対してネガティブなイメージがあります。
しかし、カンボジアでは少し状況が異なります。
現地のマーケットで話を聞くと、多くの人が道端や市場に店を構え、服やアクセサリー、雑貨などを販売して生計を立てていました。
驚いたのは、「商売を始めるハードルの低さ」です。
日本のように複雑な申請や手続きが必要なく、比較的簡単にビジネスを始めることができます。
そのため、「働かない」というよりも、「それぞれの形で生きていく手段を持っている」という印象を受けました。

教育が生む“差”
一方で、子どもたちの進路には大きな特徴がありました。
多くの子どもたちは進学せず、親の仕事を手伝ったり、同じように商売を始めたりするケースが多いです。
その背景には、
• 進学にお金がかかること
• すぐに収入を得たいという現実的な判断
があります。
しかし、イオンなどで働いていた人たちは違いました。
彼らの多くは大学に通っていたり、すでに卒業していたりと、しっかりと教育を受けていました。
そして、その背景には「教育の重要性を理解している親の存在」がありました。

気づいたこと
この経験から強く感じたのは、
👉 貧困は「お金がないこと」だけではない
👉 「教育」と「環境」が人生を大きく左右する
ということです。
同じ国にいても、
どんな環境で育ち、どんな教育を受けるかによって、将来の選択肢は大きく変わります。
そして、その積み重ねが結果として「貧富の差」を生んでいるのだと実感しました。
カンボジアでの経験を通して、「貧困」という言葉だけでは表せない現実があると感じました。
実際に現地では、物乞いという形で生活している人々にも多く出会いました。
▶ カンボジアで実際に見た物乞いのリアルな現状についてはこちら
また、そうした場面で「お金を渡すべきかどうか」についても深く考えさせられました。
まとめ
カンボジアでの経験を通して、僕の中の「貧困」のイメージは大きく変わりました。
単にお金があるかどうかではなく、
教育や環境、そして選択肢の差こそが、本当の意味での貧困に繋がっているのかもしれません。
この経験は、日本で生活しているだけでは気づけなかった価値観でした。


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